SEKI 関さん VW TOY コレクション


1970年代メンズクラブの記事で拝見した憧れのVW玩具コレクターの関さんとお会出来た奇跡の様な話です。





1976年前後に見た、メンズクラブに乗っていた記事の一部


このメンクラの記事を友人のところで見て切り抜いて頂いた時は興奮したなぁ〜・・・


入手したモデルはこの様にまるをつけて、参考にしていました。ああ懐かしい!この時代はすべてのVWモデルが新鮮でした。




この文章は2007年春に書きました。某VW関連の雑誌社へ送ったものですが出版社の事情、優先順位も有る様で、未だしばらく枠を組めないとの事でした。それなら自分のホームページで紹介してしまう事にしました。 本当ならば私もその雑誌で紹介されることが理想です。
何時か味付けを変えて出していただける事を期待し、此処で紹介となりました。 (実際そうしてくれそうですが?)

森谷哲夫


『 関さんとの出会い・・』

あのVW玩具コレクションが出ているメンクラの切抜きを友人から頂いた頃は、ほとんどの時間VWで、海山を走り回り、足としてVWを自然体で楽しんでいました。
そしてVWに乗って、カルホルニアやハワイで波乗りする事を夢見ていました・・・・その頃、
憧れの、コレクターと『関さん!テッちゃん』なんて呼び合い、ましてや、そのコレクションが自分の手元に今年来るなんて夢にも思いませんでした。

1975年、私も念願のVWを手に入れることができ、当時カッコいい先輩達に影響を受け、アメリカンスタイルに没頭し、
お約束の様に、スキーやサーフィンの足にVWは大活躍でした。特にサーフィンは当時の西海岸ブームのあおりを受け、流行り始めた頃と思います。
雑誌、ポパイやホットドックプレス、ファインなど、それは波乗りやVW情報、新しいアメリカの情報で溢れていました。
サーフィンやスキー、若者のライフスタイルにVWはセットの様でした。波乗りにドップリハマッテいた頃(1977年頃だったろうか?)
当時原宿に住んでいた、中・高学校時代の友人宅の所へ遊びに行きました。そこで関さんを知る事になるとは・・・
『森谷!お前さ、ワーゲン好きだったよな!?こんな人、知っている?』「げげ!!なに!こんな沢山VW玩具持っている人居るんだ!」
少しVWの玩具を集め始めた私にとって、驚きの量と内容でした。
70年代にコレクションと言える光景に驚きと感動、そしてアメリカンなカッコよさを見せ付けられ、鳥肌が立ったのを昨日の事の様に思い出します。
見た事のないスプリットの玩具(当時はスプリットがどうとか、オーバルがどうとかなんて知識は、まったく無かった。)
そして日本製の懐かしくリアルな実車タイプのブリキ玩具、『すごい!凄すぎます!!』
私が何より見入ってしまったのは、バハバグやディホルメされた、ドハデなプラトーイの数々・・・
特に60s〜70sの香港トーイ達、それらは時代を語っていて、当時のアメリカンライフをイメージし、私は見入ってしまいました。

『ある夏の日、ネバダ砂漠に仕事で出かけた帰り道、一台のカスタムメイドの“BUG”が追い抜いて行ったんです、
そして目を見張ったことに、エンジン・ルームの上で大きなゼンマイを巻くネジがグルグルに回っていました。
ひとつのジョークなのでしょうが、青い空と地平線まで見透せる大陸で出会うとショッキングで、
ただのワーゲンファン・コレクターというより、トーイとして見直してみようと決心しました』




当時わたしも、そのコメントに、共感したのです。「そうそう!これこれ!」私は場所こそ違えど!此方は日本でしたが(笑)この乗り!
この言葉が私の考えと、オバーラップし、同じ感覚でワーゲンが好きになり玩具を集めたいと思ったのだと嬉しくなりました。
私はバイブルの様にその切抜きを大事にし、同じ物が手に入ればそれにチェックマークを入れました。
その頃、少しずつ日本国内でもVW玩具マニアも多くなり、私もそれに合わせるように本格的に収集をはじめました。
同好の趣味人たちと仲良くなり国内(vwcc)はもとより海外のクラブにも入り、趣味の深さや知識VW歴史、などを知っていくのです。


年数が経つに連れ、私も一応コレクターらしくなり、思考や好みもマニアックになり、徐々に切り抜きのチェックも必要なくなりました。
長い年数の中で時々あのメンクラに出ていたコレクターはどうしたのか?コレクションは未だ持っているのか、何て考えた事もたまにありました。
一昨年の7月、家のホームページで(今月のひとこと)コレクションの先輩をテーマにした文章でも氏の事を書きました。
その時は全く今回の出会いも無く、単純に影響を受けたVW玩具コレクターの先輩をテーマにし書きました。
その頃から70sがマイブームになっていたのだろうか?なぜか当時の事を思い出す事も多くなり、久々にその切り抜きも見てみました。
そして昨年から、ずっとあきらめていた波乗りを再開し、コレクション、ライフスタイルも1970年代がマイブームになっていた矢先でした。


今年1月も終りの頃でしょうか・・・・アメリカから日本人の名前でボロボロになってしまった手紙が届きました。
それからして、かなりのハプニングと言いましょうか、表に青紙が・・(この郵便物は、取り扱い中に誤まってき損しました。
真に申し訳ありません)なんて・・・最初の手紙からハプニング?奇跡の始まりみたいでした。
『誰だろう?ミクシーかなんかで私の事を見た、アメリカ在住の日本人?』封を切って叉ビックリ!!あのメンクラの記事のコピーが出てきました。



『ど!ひゃ〜っつ!!分かったぞ!誰か!!』私の心臓はバクバク、何と言う奇跡!読み始めた手が震えます。その内容に益々震えます。

『 前略 森谷哲夫 様 はじめて突然のお便り致しまして失礼致します。
小生ずい分以前に、日本の友人から森谷様がワーゲンコレクションで有名であると言う記事を送ってもらい、大事に取っておいたのであります。
実は私も昔(30年以前前)ワーゲンのおもちゃの収集に熱中した時期があり・・・・・』

 

(このことかな?)


何て内容からの書き出しでした。最後まで何度も読み返しました。それはすべてのコレクションを私に譲渡したいと言う内容でした。
テレビCMの様に、『どうする!?俺!』何て言葉が・・・・わたしの返事は、こんな感じです。

『関様はじめまして、お手紙頂戴しました。有難うございました。一応はじめましてですが、私も関様の事は、以前から知っています。
今回送っていただいたメンズクラブの記事と同じ物を持っていて、何回も何千回も見ていたからです。
私のVW玩具コレクションの大先輩で大先生の一人です!その切抜きは私のバイブルでした。』


この様な感じでお付き合いは、はじまりした。『様なんて止めて関さんで良いでしょうか!?』
私は後輩なのでテッちゃんでみたいな(笑)手紙からメールにやり取りは変わり、リアルタイム近いお話が出来ました。
30年以上のギャップ(と言ってもお互い雑誌で拝見しただけですが)は、あっと言う間に埋まって行きました。
同好の趣味人、生活環境は違いながらも感覚は同じで、フィーリングは同じな気がします。
私は、まるで学生時代の先輩のように、今現在抱えている悩みまで話しました。
関さんもなぜ手放すか、コレクションを止めた時の事情、今の状況など事細かくお話していただきました。
私の連れ合いの病気の心配を真剣にしていただき、関ファミリーでお祈りをして頂き、彼のファミリーの優しさ、パワーまで頂きました。

おかげさまで手術も成功!元気になった、かみさん!!


現実に譲渡の話になってきました。私自身、それなりに悩みました、それは譲り受けるための責任、関さん自信が愛情と情熱を何処まで責任を持って預かれるかと言う事です。当然金額や、その後の展示の責任も有る訳です。長くしつこくやっていたコレクション、コレクターだからこそ分かる責任感です。
コレクターって、単純にオークションなんかで最高値で買って、当然の様に、飾ってニヤケル・・・(笑)
そんな簡単な事でこのコレクションを引き受け、片付ける訳には行きません、私も良く分かるのですが、
『きっとこれはこんな出会いが有って、こんな苦労が有った』とか、
『これはあそこに旅行に行った時買ったものだ』とか『何度も頭を下げお金を頑張って貯めてやっと譲って頂いた名品』とか・・・
そんな事が関コレクションのストーリーの中にも有る筈と思ったからです。実際手紙の中に有った言葉です。

『成人した子供達は「別個にイーベイにかけて値をつり上げるからまかせろ」と言いますが、元々ビジネスや投資する気はなかったのです』
『ワーゲンは私にとって限りなく車に近いオモチャであり、元気をくれる車であり青い鳥(虫?)でした。
森谷さんとの出会いも「ワーゲンの神話」そのもの、「奇跡の車のなせる技」』


金額は本当に私が驚くほど良心的な価格で譲ってくれると言う。それは、嬉しい事ですが、かえって責任を感じる事なのです。
大金を払って買ったほうが楽?それは託されたって事だから。でも今の私はオークションでつり上がってしまった様な金額ならなおさら買えないですが・・・・
断られても良い、同じコレクターとして正直お話しようと私はメールを送りました。



(本当に大事にしていただける方に嫁に出したい・・・・)
この様なお気持ちは、私もコレクターのはしくれ、とても良く分かります。ましてやビジネス、金儲けにしたくない、そんな気持ちも良く分かります。
だから・・・なおさらありがたい金額設定と感じます。そこで私も、関さんを裏切たり、ウソを言うのも嫌なので、前もってお話いたします。
私の物になった場合、関さんの、名前やコレクションは伏せて良いという、言葉、配慮と感じました。私にプレッシャーをかけたくない心遣いと思っています。
ただ私はこのドラマを、『SEKI VW TOY コレクション』として、出会いや長い間私が憧れたコレクション、コレクターと何かの形で(HP、または文章、VW雑誌)などで残したいとおもいます。時間はかかると思います。それともう一つ、此方は清水の舞台から飛び降りる気持ちでお話いたします。・・・)話は省略しますが、恋焦がれていた、関さんの、コレクションを転売なんて考えていませんでしたが、一部スペアー品など資金に変えたい事を伝えたのです。
なぜかと言えば私の10000点くらいのコレクションに1000点近くが重なればスペアー品も多くあるはずです。同じ物を2台並べて飾る余裕も無いし、今ある多くのマイコレクションも飾らず閉まったままの物も多く有ります。関さんがもし私に『それは困る』と言ったなら私は多くの物を持つ技量は無いとお話しました。
そんな私の気持ちを配慮して頂き、かえって気を使って頂く気持ちに私は、益々関さんとSEKIコレクションを好きになりました。
私は思います、私の物と重なり手元に置けないモデルは出来るだけ、私の知り合いのコレクターの元に渡し飾って頂く。
それを一番望んでいて、先輩コレクターの思いれを尊重してくれる方に行くのが一番良いと考えています。


今年3月16日、関さんと日本でお会いしました。高校受験も決まり、春休み中だった息子と二人東京見物もかねて、東京のご実家に伺いました。
リクエストで『時期コレクターになるジュニアにも会っておきたい』とあったし、その日は先に手荷物で持てる分を預かる事と、
コレクションのお礼をお渡しすること、そして30数年雑誌で見た事から始まっている、ストーリーの話をする事が目的です。
「あっつ!そうそう関さんから今度出版する事になった、日本の童話(絵本)用に展示する背負子も渡す事もあった!(笑)」

背負子 関さんの絵本 背負子が書いてある。


私は頭の中で、「これとこれは話したい、この頃のこれはどんな感じなの?」とか・・・後で息子は
『お父さん!関さんと会っている間舞い上がっていたねぇ・・・』
だって(笑)もよりの駅から電話しました。
『其処で待って!すぐ迎えに行くから!』「待っている時間、何だか心臓がバクバクだったなぁ・・・」
『テッちゃん!どうも!はじめまして!!』ママチャリ出現れた関さんは、昨日アメリカから帰国した方には思えないほど、都内の閑静な住宅地にハマッテいました。
握手する握力が凄い!本当に今年60歳になる人?私は慌てて、組みなおし握手しました。
ママチャリを押し、お話しながら坂を上り倅に話しかけています。
『君は将来何をやりたいの?』少し緊張しながら倅は去年オーストリヤにホームステイした事や将来古生物の研究の道に進みたい様な話をしていました。平たんな道に来た頃にはかなり話もでき打ち解けてきました。
『テッちゃん!お酒呑むんだよね!?』なんて感じでお店を探します。日本のコンビニや今の状況を分からない様で、やっぱり長いアメリカ生活、アメリカン何だと私は(33年以上アメリカ生活だったのだ)と思いました。『都内でこの住まい!?やっぱりいい家柄なんだ!』高い塀に都内では珍しい蔵があります。



30数年の空白のVW話は蔵の中で始まりました。
『そうだ!!此処と此処に板を置いて、此処にオモチャ並べようか!!』
お酒のコップと、次から次へと出てくるオモチャたちを交互に手にします。間違って、オモチャを口に持って行きそうになるくらい興奮!!(笑)
雑誌の切抜きで見たオモチャたちを生で見ます。この感激は私にしか分からないでしょう?分かる方もいるかな?(笑)
当然私の持っている物と同じ物もあります、でも何時も不思議に思います。オモチャって時代を経てきた環境と持ち主によって顔が違います。
これらも70年代、よき時代のアメリカ的な顔に感じました。
私の持ってないディホルメされた香港物何かは70sなアメリカンなイメージ、マジで可愛くカッコイイオモチャです。



メンクラで見たオモチャたちが目の前に出てきます、手荷物で来た量は40台程度ですが、
私の希望したモデルだったので、メンクラの記事を思い出すには十分でした。
1時間半の予定は3時間近く延びてしまいました。明日は、お父様とスペイン旅行に行くと言うのに、空にして持ってきた私のバック、VW玩具でいっぱいに膨れ上がったバックをママチャリの荷台に乗せて、もよりの駅まで送って頂きました。何度もこの時間の思い出を確認するかの様に、
『叉何時か会いましょう!何時かキャルホルニアに訪ねます!沢渡温泉にも奥様といらして下さい!!関さん、本当に有難うございました。』
帰りの電車の中、ほろ酔い気分の頭で先ほど聞いた事を思い出しました。
「関さん、本当に私に全部渡し、おなごりおしいとか、切ないとか、後悔ってないですか!?」
『僕はテッちゃんに託すと決めてから、やっと胸のつかえが取れ、むしろオモチャ達に、飾って上げられなかったりして申し訳無かった。
今回此れで私の任務は終り凄く良かった。』

その安堵した、顔と言葉を思い出し、楽しみと、責任を胸に長い道のりを帰りました。


(帰りにビールを頂く・・・・時間調節高崎駅で。)

それから約1週間後残りのコレクションは大きなダンボール6個に入って、私の元にアメリカから届きました。


開封する時は先ず深呼吸!!空けたとたん70sな西海岸の香りと関ファミリーの優しく、愛情深い香り、そしてアメリカで頑張った大和魂の匂いがしました。
もうメンクラの切り抜きにチェックマークは入れる必要なし!!それはすべてここにあるんだ!!

『関さん!本当に有難うございました。』



VW COLLECTABLES
(この本にも少し関さんから来たモデル入りましたよ。)

VW COLLECTABLES   VWコレクタブル  空冷フォルクスワーゲン・コレクターズアイテム大図鑑  VWグッズ2000コレクション 監修 森谷哲夫  KANTOSHA CO.LTD.


何時かこんなページを作りたかったので関さんに古い写真を頂きました。

と言う事は、1973年と言うことでしょうか?この時代の中古で67かぁ〜〜良いなぁ〜 ハービーの時代と同じナンバーだ!さしずめ日本ならシングルナンバーと言うところでしょうか?
良い時代のアメリカでワーゲンを乗り回す。 最高っす!!(^_^)vw もう一台の愛車もVW、奥さんとなにやら楽しそうですね。
幸せそう・・・大家族最高です!! このカラーリングメチャ!70sでカッコイイ!!


でこれ!SEKI コレクション素晴らしいです!70年代に此れです。


今でこそ普通にオークションなどで見る機会は有るけどパソコンも無いコレクションの本も無い時代私は大きな影響を頂きました。
だから私は同じものでも、持ってる物も、これらにはかなわないのです。良いよねぇ〜70sに目にした玩具たち。


最高っす!!(^_^)vw




ゴツイ感じのアメリカTOYも良いよね! シッカリ70sしてるでしょ〜う♪



香港や日本製の古いプラモポップな感じで楽しい・・・ ビンテージな玩具はヤッパ良いなぁ〜〜



NAKADENTさんへ、右のサーフボードのバグは嫁入りしました!!


左側の玩具は『バ〜ン!て、ぶつかってバラバラ・・・』 おもろいで〜〜〜〜。     右のサーファーバグ最高!!
私がハワイに1979年行った時に買ったモデルとデカールやカラーとちょいと違う!?それより古いのか!?
元祖と言うか?最初のプレスなのか?箱も紙だし良い時代です。  ヤッパサファーはVWだね!!!    (^_^)vw 
プロサファードジさんも昔の写真、乗っていた車はたしか?VWだし、私の好きなグッフィーフッターのKAKAIさんが
サーフィンワールドで九州トリップ唐津はVWデリバンですからぁ〜〜〜〜・・・・・
当時サーフショップ・パイプラインの車も確か?ライトブルーのタイプVバリアントだった様な・・・?良い時代です1970sは・・・・   




こんな方々にも関さんの魂は受け継がれています。

長野の滝澤さん!私と誕生日が同じで同じ年! 外岡さん!これから国内のvwコレクションブリキコレクション
のパイオニアになる方!私が太鼓判を押します!!(^_^)vw
長野のちゃんこちゃん!私はけして貴方のコレクションは馬鹿にしません!
もの凄いアートセンスとユーモアに溢れた感性は日本一!!
らぶばぐさん、日本きってのハービーコレクター、これからも期待してます!



長い古い同じ群馬のブリキコレクター仲間!? ● 田さん。
トンカのVWと吉屋のVWを引き取っていただきました。
自分も多くキープしてます。でも飾りきれないのは箱の中なんです。
自分のが友人に行ったり、関さんのが友人に行ったり。



70s なプラトーイはカッコイイ!サーフボードが一層盛り上げている!
これも皆NAKADENTコレクション!! すげ〜っつ!

NAKADENTさん好みのVWは、サーフィンがらみ!ハワイ物、アメリカ物、
のコレクションは素晴らしい。なんたって海側の現役バリバリサファーです。
私と同じ年の歯医者さん! 勿論空冷VW実車もありますぜ!(^_^)vw




ひろさん中々いけてますよ!
今度は他のコレクションが飾ってある所をバックに送ってください。
関さんから来た物の中には、興味深い物が多くありました。此れもその中の一つです。
全体的にはディンキーのオーバルの形と同じ・・・全体的に小さいです。
型を取って、縮んでしまった物を使ったかは、定かではない・・・・?




カルマン乗りのカメちゃん!此処にも関さんのコレクション行きました。
DANちゃん中々コレクション持ってますねぇ〜
(〃⌒∇⌒)ゞいやはやビックらこいた!!(笑)








そうそうこのモデルですが、ずっと色が気になっていました。雑誌では紺に見えます。でも実際紺て有ったのです。
それも不思議?でも関さんのは同じダークブラウンでした。私が先に持っていたのも尊敬する先輩から譲っていただきました。
此れは私が関さんのを持ち、以前から持ってるのを外岡さんに託しました。しかし2台並んだ姿は圧巻です!!








この奥のモデルも関さんから譲り受けたモデルです。まぁその他大勢の香港物と思っていました。
ボディーはダイキャスト、スケールはトミカサイズより一回りミニサイズでしょうか、中が紙で駄玩具ブリキのテイスト、ホイルはまるでマテル・・・・
その程度の意識でした。似た物は気になり出すのもコレクターの性・・・? ebayを見てたら気になるモデルが・・
『オオ!関さんから来た物とちゃう!?』
ドライバーがいる、シートもあるしガラスも入ってる。ホイルは旧タイプなのかな?そんな事を思うともう指は入札に動いてしまうのです。
比べてみれば中々のモデル良き時代の香港ミニカーです。ヤッパ此れはイギリスの影響多分に受けてると思うのは私だけだろうか?
スポットオンにコーギーそしてマッチボックス!?中々良いぞ!!香港物!!(^_^)vw













私の倅もついてきました。中学卒業し髪型も変えてコンタクトにしました。高校へ通うためのバックやスニーカーをアメ横で購入!
関さんと会って将来の夢語っていましたね。 貴方もこの日のお父さんの様に夢は必ず叶うと信じ前に進んでください。



あの頃こんな場面、想像すら出来ませんでした! しかしお互い年をとりました。(笑)



左 関さん         右 森谷



   森谷                            1970年代                           関さん


マダマダ写真や記事増量予定です!!



2007年12月ベストカーで紹介されました。


ベストカーでも関さんとの出会いの話が紹介されました。ななんと!イラストです。









2007年12月24日、クリスマスイブ 関さんから絵本が届きました。
しかし何時もドラマが有ります。簡単なプロフィールが書いて有りました。
日本大学芸術学部の写真学科卒、1971年渡米の後、パサディナのアートセンターでイラストレーションを学ぶ。
1980年代は日本の若者向け雑誌 「ホットドック プレス」 「ポパイ」 などの写真を撮り西海岸文化を紹介・・・

簡単に紹介書きましたが此処に書いてあるところを見たって私達後輩の目指す事を先にやってくれたカッコイイ!先輩なんです。
西海岸ブームに乗ってしまった1人として(笑) ヤッパ関さんは偉大なるVW!人生の先輩なんです!!









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